シネマ薬師座-必ず1つは褒める映画感想

古今東西、様々な映画感想を書いています。

映画「下女」は暗喩に満ちた韓国映画の名作!

鬼才キム・ギヨン監督による韓国映画史にその名を残す怪作。雇った下女(メイド)に支配され崩壊していく家族を様々な暗喩を使って描いたサスペンス。

8/10点★★★★★★★★

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【下女 1960年 韓国】

あらすじ

妻子とともに平和な家庭生活を送る、作曲家で音楽教師のトンシク。彼は工場で働く若い女性たちを相手に音楽を教える一方、妻のチョンシムは内職仕事に励み、やがて彼ら一家は、平屋から念願の2階建ての新居に移り住み、新生活を始める。そんな折、3人目の子どもを妊娠中のチョンシムが病で倒れたことから、ミョンジャという若い女性がメイドとして雇われるが、不気味な彼女の存在が一家を思いも寄らぬ破滅の運命へ導くことに。

 

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ポン・ジュノ監督が「パラサイト 半地下の家族」を作る際に影響を受けたと発言したり、下女のセルフリメイク作「火女」でデビューしたユン・ヨジョンが「ミナリ」でアカデミー助演女優賞を受賞し、スピーチでキム・ギヨン監督に敬意を表したりと最近何かと話題に上がった作品です。

【ここが良かった!】

この作品は裕福な家族が、かなりアレな住み込み家政婦に家庭崩壊させられていくサイコサスペンスの一種です。

この映画を特筆すべき作品としているもの、それはもうしつこいくらい登場する階段、扉、毒薬、そして不協和音を奏でるピアノでしょう。

中でも最もこの作品を象徴しているのは階段ですね。

主人公の家は改築して2階建の広い家にする訳ですが、その為に妻は家事が手一杯になります。時代背景は朝鮮戦争の爪痕のまだ残る、経済的に不安定な世の中、場末の工場で働く女がそこに下女として雇われるわけですが…

彼女には2階の部屋が充てがわれる。

その2階で下女は主人と密会し、愛人となる。

下女は2階から階下の妻を見下ろし、脅迫し支配する。

そして最後はその階段の下で破滅を迎える。

この映画にとって何度も階段の登り降りのシーンがあり、会話やトラブルも階段を挟んで起こります。この世界にとって上と下、2階は上流階級や上昇、1階は労働階級や転落というハッキリとしたメタファーになっているのですね。

また家族の娘は足が不自由で家の中でも杖を使って苦労して階段をあがります。こちらも「上」にあがることの困難さを表現した良い設定でした。

次に。役者が画面に入る時はとにかく扉の開け閉めをハッキリと映します。それにより他者の侵入・相手への拒絶が色濃く現れる演出になっています。

そして毒薬、殺鼠剤です。最初はネズミを殺す為に使うのですが、まぁお察しの通りコレは劇中、何やかんやとポイントとなるアイテムです。まさに下女という毒が家庭内に徐々に回り始めていくという物語にピタリと合致するキーアイテムになっていましたね。

最後に不協和音。2階の主人公の部屋にあるピアノ。やめろと言われてるのを勝手に下女が弾く場面が何度かあるのですが、まぁコレが気持ちの悪いメロディな訳です。しかし当の本人はコレを気持ち良さそうにニヤニヤと弾くのです。ピアノという主人の商売道具を勝手に使い不協和音を奏でる(それが劇伴としてバックに流れる)。これまた下女の侵入という行為を上手く表現していました。

このように様々な暗喩が次々と現れるので、かなり密度の濃いシーンが多くあります。傑作と言われるだけの構成力と演出力を感じました。

さて、この映画のメインである下女。コイツは見事なサイコ女でした。身重の奥さんの里帰り中を狙って主人に迫り、妊娠と堕胎を使って家族を脅すという最強あたおかムーブをかましてきます。

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初登場は寮のクローゼットで煙草を吸ってるカットなんですが、出てきた瞬間にヤバい奴なのが分かりましたね。もう目がヤバいの

こんなヤバそうなヤツ雇うなよ!と心から思いますが話が進まないので仕方ないですね。きっと相当な端金で雇っていたのでしょう。

色々と見所の多い映画ですが、気になる点がいくつか。

まず韓国映画にありがちな舞台劇かと思うようなオーバーリアクションな演技と演出です。まぁ内容自体が結構破茶滅茶なのでここまで突き抜けてるならいいんじゃない?とも思いますがリアリティはカケラもないですね。

次に登場人物達に毛ほども共感できない事です。

主人は妻に浮気と妊娠させた事伝えて何で許してくれないの〜とか言ってるし

妻は散財するわ堕胎を勧めて付け込まれる隙を作るわ

息子はよせば良いのに下女にちょっかいだすわ

工場の女は勝手に告白してきて勝手に断られたせいにして死ぬわ

下女の行動原理も正直理解は出来ませんでしたね。愛なのか独占欲なのかこの世への復讐なのか。

この映画の登場人物ほぼ狂ってましたね。

美しい統制された映画が観たいわという方には無理な作品ですね。ただ画面から感情が溢れるくらいの濃密さを持っています。一見の価値はあるのではないでしょうか。

あ、そういえば主人がやたらとモテてました。なんですかね、それなりに金があるゲージツカの先生ってのは抱かれたいランキング上位ランカーなのですか?そもそもコイツが下女の誘いに乗ったからあんな事になる訳だろナメてんのか。

しかしキム・ギヨン監督は最後、その事に対して皮肉たっぷりのシーンで締めてくれました。うーん、意地の悪さが透けて見えるようだ。