シネマ薬師座-必ず1つは褒める映画感想

古今東西、様々な映画感想を書いています。

映画「ロブスター」は謎の婚活風刺劇!

ヨルゴス・ランティモス監督によるかなり特殊な設定と舞台によるブラック・コメディ。
生き抜く為に婚活に励む姿や運営がキモいけど面白いです。
7/10点★★★★★★★

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あらすじ

独身者であれば身柄を確保され、とあるホテルへと送られる世界。そこでパートナーを45日以内に見つけなければ、自身が選んだ動物に姿を変えられて森に放たれてしまう。そのホテルにシングルになったデヴィッド(コリン・ファレル)が送られ、パートナー探しを強いられることに。期限となる45日目が迫る中、彼はホテルに充満する狂気に耐え切れず独身者たちが潜んでいる森へと逃げ込む。そこで心を奪われる相手に出会って恋に落ちるが、それは独身者たちが暮らす森ではタブーだった。

 

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スタッフ・キャスト

監督・脚本・製作

 

 

【ロブスター THE LOBSTER 2015年 アメリカ】

独身は動物に変えられてしまう特殊なルール、それを阻止する為に伴侶を見つけようとする婚活模様という独特の世界観を持った作品…と聞くと意味不明な映画に思えますが割と観やすかったです。
【ここが良かった!】
ついつい引き込まれてしまう不思議な雰囲気が良いですね。

まず動物になるという点ですが、これは(直接的描写はないですが)恐らく改造手術的なものを受ける様です。変換部屋の扉までが出てくるのですが、あえて中を見せないのがちょっと怖かったです。

また、隔離されたホテルと無表情で坦々としたスタッフ達が程よく不気味でした。参加者達はそこでカップルはこんなにいい事あるよ劇場を見せられたり、メイドによるチ○コをお尻でグリグリサービス(寸止め)を受けたり、普通にダンスやお食事をしつつ、伴侶を探します。

しかし厳しいルールもあり、オナニー禁止令を破ってしまうとトースターで右手を焼かれてしまいます。食堂でその制裁があるのですが、周りが特に気にしてないのが実に気持ち悪かったですね。

しかし結構笑っちゃうようなシーンも多く、主人公のデヴィッドがガッツリとアプローチしてくるオバチャンをスルーする場面やデヴィッド達がとりあえず身近な男3人で集まって作戦会議する所はお見合いバラエティみたいで可愛かったです。

さてこの映画、もう一つ面白い点は実際の婚活や恋愛事情を皮肉ってる様なシーンが多くあったところです。

実は「一生独身でいたい!」という人間がホテルから逃げ出して森に住んでいるという設定があります。ホテルにいる参加者にはその独身者を狩りに行くイベントがあるのです。しかも1人狩る毎に滞在可能日数が1日増える特典付き。なので必死なる奴が多いのですが、そんな事する前にもっと異性にアプローチしろよと誰もが思うでしょう。
狩られる独身側も森の中で「恋愛禁止!セックス禁止!」と徒党を組んでいる訳です。

コイツらは夜中に参加者に反撃に行くこともあるんですが、やる事と言えば空砲を使って夫婦仲を裂こうとしたり「お前の彼氏、無理矢理お前さんに合わせてるだけなんやで」っと陰口を伝えに行くという陰湿極まりない攻撃を繰り広げます。そんなんだからモテねーんだよ。

この婚活恋愛主義者と独身主義者の不毛な戦い…何だろう、Twitterとかで見た事ある気がする。ここに既婚者が参加してないってのがまたリアルで笑えますね(笑えない)。

デヴィッドは何を思ったのかこの狩りが得意なサイコパス女にアプローチします。そして相手に合わせるようにサイコパスっぽく振る舞うのですがメッチャ無理してるのが笑えます。実際の婚活でもありそうですねーこういうの。

後半はホテルから抜け出して独身コミュに入ったデヴィッドが何だかんだレイチェル・ワイズと恋しちゃいます。美人だからね、仕方ないね。

ですがここは独身者の誓いの森。恋に生きようとする裏切り者は制裁の対象となるのだ!

果たして彼女は「私たち、ズッ友だよ!」の恐怖から逃れられるのか!?
・・・おい非モテ共、ええ加減にせーよ

と、なかなかハラハラさせてくれる訳ですが、この監督のいやらしい所はコレで終わらず、最後にはここまで楽しく観ていた恋愛脳の「恋の盲目さ」に対しても痛烈に皮肉ったラストを用意していますので期待していいと思います。

さてこの映画の気になる点ですが、それは利点にもなっている特殊すぎる舞台設定でしょうか。
ハッキリ言ってこの映画に「何で?」といい出すとキリが無くなります。
わざわざ動物にする理由がないし、その高度な医療技術は何処から来てんの?とか、警察が既婚者確認するくらいの法律の割には森にいる連中は野放しで侵入もザルだったり、そもそもどんな法律なんだよとか、ツッコミだしたら止まらないでしょう。

この映画はそういうもの、と割り切って見れない方は多分、全く楽しめない無理な作品だと思います。

非モテ達の無益な争いやバカップルの右往左往をゲラゲラ笑って見られるような、素直で余裕のある方にはオススメです。

映画「パッション」はキリスト教徒へ向けた作品!

メル・ギブソン監督によるイエス・キリストがユダの裏切りにより捕縛され、処刑の後に復活するまでを描いた宗教映画。映像に関してはお見事ですが、内容自体は教徒向けです。
4/10点★★★★

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あらすじ

紀元1世紀のエルサレム十二使徒の1人であるユダ(ルカ・リオネッロ)の裏切りによって大司祭カイアファ(マッティア・スブラージア)の兵に捕らえられたイエスジム・カヴィーゼル)は、救世主を主張する冒涜者として拷問され始める。 

パッション(2004)

スタッフ・キャスト

監督・脚本 メル・ギブソン

イエス・キリスト ジム・カヴィーゼル

マグダラのマリア モニカ・ベルッチ

【パッション THE PASSION OF THE CHRIST 2004年 アメリカ】

キリストの処刑をじっくり、たっぷりと時間をかけてリアルに観せる映画。鞭打ち、杭打ち等の拷問シーンが苛烈で、アメリカで上映中に心臓発作で亡くなった方が出たことも話題になった作品です。
【ここが良かった!】

映像は文句なしの迫力でした。まるで絵画から出てきたようなエルサレムの風景で、美術、ロケーションが素晴らしかったです。

問題のキリストが痛めつけられる場面ですが、ここもリアルな特殊効果にスローを混ぜたりして、まぁーこれでもかと見せつけてきます。一つ一つがとにかく長くてしつこいくらいです。ホントに。

杭打ちは何分もかけて描写し、出た杭を折り曲げて抜けないようにするカットまで入れ込んできます。
鞭打ちにしても無傷な肌を無くす勢いでやります。背中、足が終わるとゴロンと仰向けにして胸、お腹にも打つので「まだやるんかい…」ゲンナリすること間違いなし。

しかし色んな位置から撮ったりしてて(良いことなのかは置いといて)飽きさせないカメラワークなのは流石でしたね。

十字架を持って丘まで運ばさせられるシーンも延々と続きます。そこで何度も倒れながら起き上がります。あんなに血だらけで朦朧としてるのに。

いや、しかしこのキリスト強すぎる。

途中で市民が無理やり手伝わされるんですが、一緒に運ぶうちにキリストから何かを感じとる流れはとても良かったと思います。

この悲惨な映像を見せる事により、人間の醜悪さ(ゲラゲラ笑いながら痛めつける拷問人やキリストに暴行する群集)、苦難に耐え、全ての人間の罪の身代わりとなる事を決めたキリストの凄まじさを見事に表現していました。

さて、ではこの作品が劇映画として面白かったか?と問われた時、はっきりと私は面白くなかったと答えます。

それはこの映画が、観客側が全ての設定や出来事を分かっている前提で作られているからです。

状況の説明はほぼ無く、何やら密告された治癒の力を持つ男が磔の刑を宣告されて処刑されるだけです。

処刑されるにしても理由が示されるようなドラマが出てくる訳でもなく、最後の復活にしても何も知らない観客からしたら「はぁ?何で生き返ってんのこいつ?」ですよ。

この映画はキリストの生まれてからの物語を全て知っているからこそ、思い入れがあるからこそ、大きく感情が揺さぶられる事になるわけです。

そう、つまりキリスト教徒向けのファンムービーのようなものなのです。悪くいってしまうとクオリティの高い運動会のホームビデオです。親が見たら泣ける子供の頑張りも他人から見たら「知らねーよ」ってなりますよね。

普通の物語なら(たとえ聖書の話をテーマにしていたとしても)そうならない為にストーリーが存在する訳ですが、この映画はそれを削ぎ落として作っている為、聖書のお話を知らない人は門前払いになっています。

全ての観客に等しく謎を与える内容なら、あぁそこは観客に判断を委ねるのね…となるだけですが、この映画の場合は「キリストさんの話、当然知ってるよね?なら詳細は飛ばすよ」という作られ方なのが問題なんです。

いや、私だってキリストについて一般常識レベルの知識はあると思いますよ。だから話の理解は出来ます。でもね、ロンギヌスと聞けばエヴァヨハネと聞けば津島善子が出てくるような人間ですので、申し訳ないが大層な感情は湧きませんでした。

しっかり予習して観ろよと言われるかもしれませんが、私は映画単体で考える人なので、原作なりなんなりを知ってなきゃ観られない映画というのはダメだと判断します。(続編は別です。)

だからこの映画は出来の良いファンムービーだという事です。
はい、映像の出来が良いのは間違いないと思います。

映画「ミュージックボックス」は傑作裁判ドラマ!

社会派映画を多く手がけるコスタ=ガブラス監督による戦争犯罪裁判を描いた非常に完成度の高い映画。思わず唸らされる名作でした。
ベルリン国際映画祭 金熊賞受賞
9/10点★★★★★★★★★

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あらすじ

弁護士として活躍するアンと彼女の父でありハンガリー移民のマイクの親子は40年来、幸せに暮らしていた。だがある日、公表された第2次大戦記録の中でマイクが戦争犯罪者として扱われているのを知る。マイクは人違いを主張し、汚名を晴らすべく娘とともに法廷に立つこととなるのだが・・・。

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スタッフ・キャスト

監督:コスタ=ガブラス

脚本:ジョー・エスターハス

アン:ジェシカ・ラング

マイク:アーミン・ミューラー=スタール

【ミュージックボックス Music Box 1989年 アメリカ】

第二次世界大戦中にハンガリーで起こったユダヤ人への非人道的行為の疑いをかけられる移民の父とその弁護をする娘を中心とした法廷劇で、ショッキングな映像や過剰な演出を使わずに衝撃や緊張を伝える見事な作品です。
【ここが良かった!】

何といっても興奮したのは終盤の展開ですね。主人公が真相のヒントを見つけてから結末へと至るまでの緊張感が半端ないです。特に「ミュージックボックス」のタイトル回収されるシーンが素晴らしく、オルゴールの音が流れる中でじっくりと、しかし確実に真相に繋がる「アレ」が現れるシーンは心臓バクバクです。そして、ある事が判明し理解した主人公が苦しみ戸惑う様は、こちらまで胸が張り裂けそうになる名場面でした。

その後のクライマックスではとあるラスボスとの舌戦が待ち受けています。ここは何とも複雑な気持ちにさせられますが、大抵の人は「なんやこいつ…」ってなることでしょう。必見バトルです。

そして主人公はある決断を迫られ、それを封筒に託すのですが、宛名がすぐに見えないのでメッチャ焦らされます。どっち!?どっちにしたの!?ねぇ!と画面を覗きたくなるようなカメラワークが上手かったですね。

ラストは長回しでゆっくりと緊張が解される、最後まで素晴らしい画面作りでした。

勿論終盤だけでなく、物語の核となる中盤の裁判シーンも面白かったですよ。

戦犯裁判という難しい題材ですが、監督は知り合いの判事から実際の裁判記録の謄本などを入手し、それをヒントに作り上げたそうです。

なのでメチャクチャな逆転劇などのフィクション臭さが無く、淡々と進む抑えた演出でした。登場人物達も過度に決めつけたり語りすぎる事はないのが自然で良いです。

基本的に検察側は被害者を連れてきて「こんな酷い事されたんじゃ、この写真の男にやられたんじゃー」と言わせ、弁護側は「それ信頼性あります?」と推定無罪に持っていく為の粗探しという泥試合を繰り広げます。しかし実際、判事や弁護士も出来ることってこのくらいの手しかないんだろうなー。何十年も前の話だからね。

迫害を受けた被害者達が証人として話をする場面は静かながらも確かな怒りを感じる話し方で、自分が傍聴人になった気分になります。リアルでしたね。

内容が内容だけにギャーギャー騒いだり御涙頂戴狙ったりしない所にセンスを感じました。

それと序盤に評価点が一つ。この映画、話が早いんです。

というのも、オープニングクレジットのダンスパーティのシーンの時点で父娘の関係性や家族関係、職業などをスパッと説明します。

その後の父に会いに行くシークエンスでもう戦犯疑いの書類が届き、親子で説明を聞きに動きはじめます。

なんと分かりやすくて手っ取り早いか。

ものの10分でこの映画の目的を提示するというスピーディさ。アンが離婚してるだのといった他の点は必要な話の中で表していく為、物語に集中しやすいのです。

ダラダラと何十分も本筋に入らない映画は見習うべきでしょう。

さて、この映画は戦犯裁判が軸ですが、根底には家族関係という普遍的なものがあると思います。

戦犯扱いされてしまえば強制送還からの死刑が待ってる訳ですから、そりゃ本人は必死で無罪を主張するし、家族だって信じたいし、平和な日常に戻りたい、でも一筋縄ではいかない。そんな家族関係のドラマもこの作品の見どころでした。
その為、社会派映画ながらエンタメ性もあり非常に見やすいので是非ご覧になってほしいです。今回はちょっと褒めが多かったかもしれない。

映画「薬の神じゃない!」は実話ベースの人情話!

ウェン・ムーイエ監督による上海で実際にあったジェネリック医薬品の密輸販売事件を元にした映画で、本国の中国では興行収入500億円の大ヒットを飛ばした作品です。

7/10点★★★★★★★

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あらすじ

上海で小さな薬屋を細々と営むチョン・ヨンは、店の家賃も払えず、妻にも見放され、人生の底辺をさまよっていた。ある日、血液のがんである慢性骨髄性白血病患者のリュ・ショウイーが店にやってきた。彼は国内で認可されている治療薬が非常に高価なため、安くて成分が同じインドのジェネリック薬を購入してほしいとチョンに持ちかけてきた。最初は申し出を断ったチョンだったが、金に目がくらみ、ジェネリック薬の密輸・販売に手を染めるようになる。そしてより多くの薬を仕入れるため、チョンは購入グループを結成する。白血病の娘を持つポールダンサー、中国語なまりの英語を操る牧師、力仕事が得意な不良少年などが加わり、密輸・販売事業はさらに拡大していくが……。

 

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スタッフ・キャスト

監督・脚本:ウェン・ムーイエ

チョン:シュー・ジェン

リュ:ワン・チュエンジュン

リウ:タン・ジュオ

ボン:チャン・ユー

リウ牧師:ヤン・シンミン

【薬の神じゃない! 我不是药神   2019年 中国】

私の職業柄(薬剤師)、気になっていた作品でした。
陸勇事件という薬価の安いインド製の後発品を密輸販売していた事件を題材にした映画ですが、おっかない実録犯罪モノではなく、白血病の患者達を巡る人情コメディですね。そこに中国の社会問題をスパイスされており見応えがありました。

【ここが良かった!】
この映画を良くしていた点は、筋書きが主人公チョンの成長物語となっていた所でしょう。
最初の頃のチョンは家賃も払えず前妻などにも暴力的なダメ男です。
密輸を始めて儲かり始めると今度は尊大さも出てきてしまいます。
それが患者達との関係を重ねるにつれて義憤に駆られるようになり、私財をも投げ打つ覚悟で薬を仕入れるようになっていくという構成で、ありがちですが良い話でした。

周囲の人達もキャラが個性的でした。中でも密輸を頼みながら闘病を続ける患者のリュ、不本意に巻き込まれながらも心を開いていく不良少年のボンが印象的でしたね。
その2人にポールダンサーのリウ、英語の出来る牧師さんが合わさって密輸コミュニティを形成していく流れがテンポ良く楽しく見られました。

しかしですね、この人達、あまりスマートではないんですね。密輸なんて危ない事してんのに普通に警察沙汰を起こすんですよ。んでもってこの警察も結構無能です。
おいおい、そこはもう少し慎重になってくれよ…と苦笑いが出ますが、まぁ秀才キャラ設定ではないのとコメディなのでギリ許せる範囲かな。

それとインド製の薬を使うという事で作品中には所々にインドでの風景、そしてインド風の音楽が使われていたのも個性的でした。チョンが悩んだ時にインドの神々の像が通り過ぎる演出が良かったです。

同じタイプの映画で「ダラス・バイヤーズ・クラブ」を思い出しますね。あちらはエイズの薬で本人が患者という事で、どちらかと言えば人間の生命力を感じる作品だったので、うまく差別化されていたんじゃないかなと思います。

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実際の陸勇事件では本人が慢性骨髄性白血病患者でだったようで、実話の方がダラスバイヤーズクラブに近いのかな。

さて、物語の軸である非承認薬の密輸ですが、これは医療従事者的に複雑な気持ちになりました。
治療効果やほぼ出るであろう消化器症状、体液貯留などの副作用と対処のモニタリングはすべきだよなぁと。適切な薬学管理が出来ないのはちょっとなぁと。そもそも今回は本物のだったけど、実は中身は小麦粉の粗悪な偽物の可能性だって大いにある訳で怖いですよね。
しかしそんな考えになるのは多分、誰もが安全な薬物治療を健康保険による高額療養費制度で受けられる日本にいるからでしょうか。

慢性骨髄性白血病CML)との事なので今回の薬は恐らくイマチニブ。スイス製の先発品なのでノバルティスのグリベックでしょう。グリベックは現在の日本の薬価で100mg錠が1錠あたり2090.5円。CMLの治療は1日400mg必要なので1日4錠で8362円。もし自費なら1ヶ月に25万円かかります。

現在の上海の平均月収は13万円だそうです。劇中では1瓶4万元でしたから数十万円かかるわけで、そうそう自費で払える金額ではありませんね。これが20分の1の値段で買えると言われればそりゃ藁にもすがる思いで買いますよね。同じ境遇なら間違いなく私も買います。
何とも複雑なモラルを問われたような気分でした。

映画「下女」は暗喩に満ちた韓国映画の名作!

鬼才キム・ギヨン監督による韓国映画史にその名を残す怪作。雇った下女(メイド)に支配され崩壊していく家族を様々な暗喩を使って描いたサスペンス。

8/10点★★★★★★★★

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【下女 1960年 韓国】

あらすじ

妻子とともに平和な家庭生活を送る、作曲家で音楽教師のトンシク。彼は工場で働く若い女性たちを相手に音楽を教える一方、妻のチョンシムは内職仕事に励み、やがて彼ら一家は、平屋から念願の2階建ての新居に移り住み、新生活を始める。そんな折、3人目の子どもを妊娠中のチョンシムが病で倒れたことから、ミョンジャという若い女性がメイドとして雇われるが、不気味な彼女の存在が一家を思いも寄らぬ破滅の運命へ導くことに。

 

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ポン・ジュノ監督が「パラサイト 半地下の家族」を作る際に影響を受けたと発言したり、下女のセルフリメイク作「火女」でデビューしたユン・ヨジョンが「ミナリ」でアカデミー助演女優賞を受賞し、スピーチでキム・ギヨン監督に敬意を表したりと最近何かと話題に上がった作品です。

【ここが良かった!】

この作品は裕福な家族が、かなりアレな住み込み家政婦に家庭崩壊させられていくサイコサスペンスの一種です。

この映画を特筆すべき作品としているもの、それはもうしつこいくらい登場する階段、扉、毒薬、そして不協和音を奏でるピアノでしょう。

中でも最もこの作品を象徴しているのは階段ですね。

主人公の家は改築して2階建の広い家にする訳ですが、その為に妻は家事が手一杯になります。時代背景は朝鮮戦争の爪痕のまだ残る、経済的に不安定な世の中、場末の工場で働く女がそこに下女として雇われるわけですが…

彼女には2階の部屋が充てがわれる。

その2階で下女は主人と密会し、愛人となる。

下女は2階から階下の妻を見下ろし、脅迫し支配する。

そして最後はその階段の下で破滅を迎える。

この映画にとって何度も階段の登り降りのシーンがあり、会話やトラブルも階段を挟んで起こります。この世界にとって上と下、2階は上流階級や上昇、1階は労働階級や転落というハッキリとしたメタファーになっているのですね。

また家族の娘は足が不自由で家の中でも杖を使って苦労して階段をあがります。こちらも「上」にあがることの困難さを表現した良い設定でした。

次に。役者が画面に入る時はとにかく扉の開け閉めをハッキリと映します。それにより他者の侵入・相手への拒絶が色濃く現れる演出になっています。

そして毒薬、殺鼠剤です。最初はネズミを殺す為に使うのですが、まぁお察しの通りコレは劇中、何やかんやとポイントとなるアイテムです。まさに下女という毒が家庭内に徐々に回り始めていくという物語にピタリと合致するキーアイテムになっていましたね。

最後に不協和音。2階の主人公の部屋にあるピアノ。やめろと言われてるのを勝手に下女が弾く場面が何度かあるのですが、まぁコレが気持ちの悪いメロディな訳です。しかし当の本人はコレを気持ち良さそうにニヤニヤと弾くのです。ピアノという主人の商売道具を勝手に使い不協和音を奏でる(それが劇伴としてバックに流れる)。これまた下女の侵入という行為を上手く表現していました。

このように様々な暗喩が次々と現れるので、かなり密度の濃いシーンが多くあります。傑作と言われるだけの構成力と演出力を感じました。

さて、この映画のメインである下女。コイツは見事なサイコ女でした。身重の奥さんの里帰り中を狙って主人に迫り、妊娠と堕胎を使って家族を脅すという最強あたおかムーブをかましてきます。

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初登場は寮のクローゼットで煙草を吸ってるカットなんですが、出てきた瞬間にヤバい奴なのが分かりましたね。もう目がヤバいの

こんなヤバそうなヤツ雇うなよ!と心から思いますが話が進まないので仕方ないですね。きっと相当な端金で雇っていたのでしょう。

色々と見所の多い映画ですが、気になる点がいくつか。

まず韓国映画にありがちな舞台劇かと思うようなオーバーリアクションな演技と演出です。まぁ内容自体が結構破茶滅茶なのでここまで突き抜けてるならいいんじゃない?とも思いますがリアリティはカケラもないですね。

次に登場人物達に毛ほども共感できない事です。

主人は妻に浮気と妊娠させた事伝えて何で許してくれないの〜とか言ってるし

妻は散財するわ堕胎を勧めて付け込まれる隙を作るわ

息子はよせば良いのに下女にちょっかいだすわ

工場の女は勝手に告白してきて勝手に断られたせいにして死ぬわ

下女の行動原理も正直理解は出来ませんでしたね。愛なのか独占欲なのかこの世への復讐なのか。

この映画の登場人物ほぼ狂ってましたね。

美しい統制された映画が観たいわという方には無理な作品ですね。ただ画面から感情が溢れるくらいの濃密さを持っています。一見の価値はあるのではないでしょうか。

あ、そういえば主人がやたらとモテてました。なんですかね、それなりに金があるゲージツカの先生ってのは抱かれたいランキング上位ランカーなのですか?そもそもコイツが下女の誘いに乗ったからあんな事になる訳だろナメてんのか。

しかしキム・ギヨン監督は最後、その事に対して皮肉たっぷりのシーンで締めてくれました。うーん、意地の悪さが透けて見えるようだ。

映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地黎明」はジェット・リーのワイヤーアクションを観る為だけの映画!

ツイ・ハーク監督による香港製ワイヤーアクション・カンフー映画ジェット・リーのアクションを堪能する、ただその為だけに存在する映画です。

5/10点★★★★★

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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明 黄飛鴻 1991年 香港】

スタッフ・キャスト

監督 ツイ・ハーク

ウォン・フェイフォン ジェット・リーリー・リンチェイ

イーサンメイ ロザムンド・クァン

フー ユン・ピョウ

ソウ ジャッキー・チュン

あらすじ

19世紀、清朝末期の中国。民兵を率いて街の治安維持に努めるウォン・フェイホンは、高名な武術家であり漢方医アメリカ生まれの弟子ソーや洋行帰りのイー叔母から、西洋文化を教えられるものの、欧米列強国と不平等条約を結んだ中国の未来に不安を覚えている。そんななか、街ではヤクザの沙河一味が無法の限りを尽くし、ついにはウォンを亡き者にしようと企むが……。

 

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幾度となく映画の元ネタにされる(同一人物で映画化された回数はギネス記録だそうな)武道家、黄 飛鴻(ウォン・フェイフォン)を主役にしたカンフー・アクション。大ヒットによりジェット・リーの名を世界に示し、シリーズ化もされた香港カンフーの代表作ですね。

【ここが良かった!】

当然ですが見所はジェット・リー功夫です。「少林寺」と本作の頃は年齢、肉体的にも良い時期だったのでしょう、とてもキレのあるアクションを披露していました。

ワイヤーアクションはアクションに慣れてない役者がやると明らかにワイヤーに振られて飛ばされてるような失笑モノになる事が多いですが、リーは流石に体幹もしっかりとしているのか、この手のアクションの奇想天外な動きも魅力的に見せていました。

中でも雨の中で道場破りと戦うシーンが印象に残っています。早い動きとスローモーションを組み合わせたアクションですが、スローの水飛沫の中、鋭い眼光で型を構えるカットはカッコよかったですね。

ただワイヤーはたまに見えちゃいます…

そんな中、ちょっと気になってしまったのは映画全体の演出と雰囲気です。

ストーリーはまぁアクション映画なので特に重要では無いかと思いますが、それでも本作は祖国に欧米諸国の進出があり、社会の変化に揺れる主人公という設定に敵も地元ヤクザに米英軍と少し凝った脚本です。

しかしそんな社会情勢の不安定さを表したいならしっかりと緊張感を持たせた演出にすべきでした。

主人公のウォンには弟子がいるのですが、中でも太っちょの男と出っ歯の片言アメリカ人辺りがちょいちょい寒いコントやしょうもないドジを入れてくるんですね。何でもない所でたまになら許せるんですが、それを一般人が襲われて怪我人が大量にいる時や戦闘中とかシリアスなシーンでやるもんだから正直シラけるんです。

敵であるヤクザも大分悪どい事やってるんですよ。放火するし、女性をアメリカに売ろうとするし。でもノリがコメディ映画みたいなのでイマイチ恐ろしさがないんですよ。

他にも大量に人が撃ち殺されるなど、結構真面目な事件が起こる割に雰囲気が軽いんです。そのくせ主人公ウォンだけは終始キリッとしてるので非常にバランスが悪い。

そのウォンも牢屋に捕まった時、看守達が好意で逃がそうとすると「いや、私は法に従う」って拒否したくせに自分の好きな女がヤクザに捕らえられたと知るとノータイムで出て行く手のひら返しを披露したしね。しかも実際女性を助けたのはフーなのでウォンは間に合って無いっていう…

シリアスならシリアスに、コメディならコメディに徹すべきだったのではと思います。香港アクションでは前者なら「少林寺三十六房」、後者ならジャッキー映画の方がその辺ハッキリしていましたね。

ただワイヤーアクションは間違いなく高いレベルなので、カッコいい主人公が功夫で悪者をやっつけるのを観たい中学生男子の気分になった時は是非鑑賞してみましょう。

そう、男にはそんな気分になっちゃう時がたまにあるのです。

映画「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」は姉妹のいる女性にオススメ!

女性映画監督グレタ・ガーウィグによるルイーザ・メイ・オルコットの自伝的小説「若草物語」の7度目の映像化作品。2020年代の今だからこそ作ったであろう女性の為の映画。

7/10点★★★★★★★

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【ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語 LITTLE WOMEN 2019年 アメリカ】

スタッフ・キャスト

監督 グレタ・ガーウィグ

次女ジョー・マーチ シアーシャ・ローナン

長女メグ・マーチ エマ・ワトソン

四女エイミー・マーチ フローレンス・ピュー

三女エリザベス・マーチ(ベス) エリザ・スカンレン

母ミセス・マーチ ローラ・ダーン

セオドア・ローレンス(ローリー)  ティモシー・シャラメ

マーチ伯母さん メリル・ストリープ

あらすじ

南北戦争時代に力強く生きるマーチ家の4姉妹が織りなす物語を、作家志望の次女ジョーを主人公にみずみずしいタッチで描く。しっかり者の長女メグ、活発で信念を曲げない次女ジョー、内気で繊細な三女ベス、人懐っこく頑固な末っ子エイミー。女性が表現者として成功することが難しい時代に、ジョーは作家になる夢を一途に追い続けていた。性別によって決められてしまう人生を乗り越えようと、思いを寄せる隣家の青年ローリーからのプロポーズにも応じず、自分が信じる道を突き進むジョーだったが……。

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私は若草物語には全く触れずに来たので、とある四姉妹の話という事前知識のみで鑑賞しましたので原作への思い入れとかゼロです。まぁ私は元々原作と映像化作品は別物というスタンスですね。

さてこの映画、本筋を次女ジョーのエピソードに据えて、そこに姉妹3人を絡める形になっていました。ジョーのモデルが原作者のようです。物語内でも作家志望で「私は女1人で生きて行くわ!」と息巻いています。

ジョーにはしっかりしたお姉さんで演技の上手な美人の長女メグ、ピアノの才能があるが内気で病弱な三女ベス、絵が上手いが勝ち気でジョーとも衝突する四女エイミーという個性的な姉妹が周りを囲みます。

【ここが良かった!】

この作品は四姉妹が一緒に暮らしていた7年前とそれぞれの道に進んだ現在とを交互に見せるタイプの構成になっています。原作的には少女時代が1巻の若草物語、現在が2巻の続若草物語のエピソードのようですね。

興味深かったのは各時代を照らす光(照明)でした。

将来の希望に満ちて仲良く一つ屋根の下にいる7年前は全体的にオレンジなど暖色系の暖かい色使い、悩みの多く出ている現在は青い寒色系の色使いで普通に見ていて分かるくらいハッキリとした落差がついていました。この演出はとても良かったです。

ちなみに私はこの過去現在の交差、対比を取り入れてくれて正解だと思っています。正直この映画はものすごいエピソードがある訳ではないので、時系列順のままですと「ふーん」となるだけだったかもしれません。

「そうそう、大人になるのって大変なのよね…」という我々OTONAの哀愁を構成と演出で感じさせてくれたのは素晴らしいですね。タイトルのLITTLE WOMENという姉妹のお父さんが彼女達を呼ぶ言葉にもあるような、少女から大人への移り変わりを分かりやすく表現していました。暗かった現在も最後は家族が明るい陽だまりの中に集まるシーンで終わるところも綺麗でした。

少し気になったのは各エピソードのアッサリ感でしょうか。喧嘩などトラブルがちょいちょい起こるのですが解決が早いんですよね。

諍いがあっても大抵1つのエピソードで和解しちゃうんです。メインのジョーの作家活動にしても、辞めた宣言したはずがベスのエピソード1発で再奮起するんですよ。四姉妹分も話がありますからね、上映時間内にまとめる為には仕方ないのでしょうかね。まぁテンポ良いとも言えますが。

ところで何故、2020年代のこの現代に100年以上前の原作を再映画化したのでしょうか。それは勿論フェミニズムと多様性の叫ばれる時代だからでしょう。

原作の出版は1868年だそうで。この時代にジョーのように女性が手に職で働くのはまだまだ異質な時代だったのでしょうね。四姉妹を通して、比較して、女性の働く事や結婚や幸せについて表現しようとしたのだと思います。

前々世紀のお話ですが、21世紀の現代に相応しいテーマなのではないでしょうか。

まぁジョーの結婚については編集長の「最後は結婚してハッピーエンドじゃないと売れない」という言葉で何とか辻褄合わせてましたね。

という事でこの作品は今日を現役で生きている女性に向けた映画だと思います。特にあの姉妹特有のわちゃわちゃ感を見るに姉妹を持った女性だとより楽しめるのではないかと思います。

え?男はどうしたらいいのかって?

大丈夫、長女メグ役がエマ・ワトソンだから。

あぁ〜なんじゃこの美人はそんな甲斐性なさそうな家庭教師とか野獣とか末っ子魔法使いとじゃなくてオレとロマンスしてくれ〜って思ってれば、その間に映画終わってるから。